(八)美濃平野の旧中山道(その二)
    加納→新加納→那加・羽場→鵜沼→うとふ峠・美濃太田→伏見→御嵩

 岐阜市、加納から各務原市を経て鵜沼までの間、旧中山道はかなりの区間残って居る。加納の宿はずれであった名鉄茶所駅から新加納を経て各務原市の那加まで一本道が続く。那加で国道21号線に合し旧道は埋没して居る。この先、羽場から国道21号線はバイパスになって右に分かれるので、旧道部分が鵜沼から「うとふ峠」の一里塚跡まで残って居る。「うとふ峠」の山道は消滅して通れない。「うとふ峠」の東の入り口であったとされる観音坂は今国道21号線のドライブインの手前を入る。この道は岩屋観音で終わって居る。この先美濃加茂市には深田から上町まで短い区間だが旧道がある。太田橋で木曾川を渡った所が今渡、ここから伏見まで旧道だが国道21号線と重なる。車の往来の多い道だが、あまり道路拡張、整備がされて居ないので古い街道の面影が残って居る。伏見から顔戸を経て御嵩まで同じような状態だが、所々に細い旧道が残って居る。
 以上のように旧道区間は途切れ途切れに残っているので、この区間を歩くとすれば次ぎの五つの区間に分けて歩く方がいいだろう。
(A)加納、名鉄茶所駅→新加納→那加(→名鉄新那加駅)
(B)名鉄苧ケ瀬駅→羽場→鵜沼→うとふ峠→JR鵜沼駅または名鉄新鵜沼駅
(C)美濃加茂市(美濃太田)の旧道区間 
(D)今渡→伏見
(E)伏見→顔戸→御嵩
 このうち、(A)(B)は交通の便がいいが、(D)は交通の便が悪く、トラックなどがひきりなしに疾走して居り、危険と排気ガスが多いので歩行は薦められない。(E)も旧道区間は少ないが、顔戸の行平塚、鬼の首塚などの旧跡がある。そこで、ここでは(A)(B)について記し(D)(E)は(C)のなかで触れることにしたい

(1)加納から那加まで
 もと加納宿のはずれで、岐阜道を左に分け、右折、左折して、名古屋、伊勢道を右に分けた所に道標がある。その先に名鉄の踏み切りがあり、そこにあるのが前記の茶所駅である。加納宿を既に歩いたので、今回はこの駅を出発点にする。ここから道はほぼ一本道である。JRの踏み切りを渡ったあたりから車の往来が急に多くなる。狭い旧道なので極めて煩わしい。10分程歩くと領家、ひとつのまとまった集落で、八幡神社がある。由緒を見ると遠く平安時代に遡ぼり、各務一族が尊崇した社だという。その先に斜めに右に行く道があり、道標が立って居る。「右きそ道、左なご屋道」とある。少し行くと左側に一里塚が残って居る。今井本に両側にあると記して居る「細畑一里塚」である。
 この先が小木曾、伊豆権現という小さな神社がある。この地と伊豆権現とどういう因縁があるのかわからない。少し行くと道は二股に分かれる。左に曲がって行くのが旧中山道、真っすぐに行く道は「手力雄神社」の参道である。この神社について江戸時代の木曾路名所図会には「比奈守神社・加納より高田・新加納の間、長柄村にあり。今手力雄社といふ。延喜式内なり」としている。貞観二年(860)の創立と伝えられ、美濃国神名帳記載の「従五位下手力雄明神」に当てられる。例祭は10月22日で、山飾りをし、滝火・幣行燈・綱火・手煙火・煙火神輿が行われるという。神域は荘厳で広く手入れもよい。
 近くに同じく手力雄神社がある。街道から約2kmほど北にある。手力雄神を主神に、高御産巣日神、神御産巣日神の他6神を配祀する。美濃国神名帳に「従5位下真幣明神」とあるのがこの神社であるとされて居る。
 手力雄神は天岩戸神話で、天照大神が岩屋に隠れたのを、怪力で大岩の戸を引き開き天照大神を下界に連れ戻したと伝えられる神で、どういう謂れでこの地に2カ所もの神社に祀られて居るのか判らない。
 神社の横の道を行き、旧道に出る。高田橋を渡りたんぼの中の道を行くと新加納の元立場である。手前に少林寺、そして鈎型に曲がった所に一里塚の跡がある。加納から鵜沼まで四里十丁、約13kmもある長丁場なので、間に立場を設けたもので今は短い区間だがひっそりとした町並が残って居る。その町並を抜けると国道21号線にぶつかり、その先は前述のように国道に飲み込まれ旧道はない。国道を少し行き左折すれば、JR那加駅或は名鉄新那加駅がすぐにある。

(2)鵜沼とうとふ峠
 那加から各務原市の中心を、国道21号線の車の往来の多い道を歩くことになる。昔は一面の原だったようで、だから各務原という地名にもなり、近代には大きな軍用飛行場もつくられた。今は前述のように雑然とした町中の広い通りが続く。この間約8km,歩くことはあまりお薦めできない。羽場から国道バイパスが分かれるので旧道を歩くことができる。この旧道は鵜沼から「うとう峠」の一里塚跡まで続き、その先途切れて居る。
 名鉄苧ケ瀬駅から真っすぐに北への道を辿り、JRの踏切を渡り少し行くと国道21号線に出る。まっすぐに行けば500mほど先にあるのが苧ケ瀬池である。昔農業用水のための池であり、景勝の地であったと思われるが、今は池の縁をコンクリートで固め風情がない。それでも「八大竜王正殿」池の北端に「八大白竜大神」の二つのお堂があり、それぞれ由緒があり、このお堂あたりから眺める山水の風景は一見に値する。
 右折し国道を500mほど行くと電話局のビルがあり、すぐ三差路になる。ここから旧道が左に分かれる。このあたりが羽場で、古くから栄えた所らしく大小の古墳が散在する。その一つが「坊ノ塚古墳」で旧道から南に入った民家の間にある。旧道沿いにある空安寺の横にあるのが「衣装塚古墳」で美濃最大の古墳といわれて居る。またこの羽場の集落は古い雰囲気を残しており、何軒か古い様式の家が見られる。
  間もなく元鵜沼宿、古い雰囲気はあるが昔の建物は殆どない。二の宮神社の横に幾つかの句碑があり、もと坂井脇本陣跡という。橋を渡り少し行くと赤坂神社があり、ここには宝暦年間に立てられた石の神燈がある。この神社の横を登って行くのが旧道である。あたりは新興住宅で埋まり細い旧道は見逃しがちである。かなりの坂を登り、「緑苑台」という新興住宅地のはずれに、細い道が300mほど残る。その先は途切れ通行不能である。ここが「うとう峠」で、手前にうとう峠一里塚が残っている。

(3)元太田宿のあたり
 うとう峠の東の登り口は、鵜沼と坂祝の境あたりの鉄道トンネルの先だと推定されるが不明である。鉄道の下を国道21号線が走っているが、当時の道ではない。その先崖の上に岩屋観音がある。木曾路名所図会に「勝山窟観音(木曾川の西傍にあり)」として「大巌の中に石像の観世音を安置し、傍より清泉流れ出づる。このあたりの風色いちじるしくして岩石崔嵬たり。他境にすぐれて奇絶の所なり。」とある所である。国道21号線のドライブインの手前の細い坂を上って行く道が旧道だといわれるがかなり荒れていて通行は困難である。
 美濃加茂市深田から旧太田宿のあたりに一部旧道がある。旧道入り口に小公園があり坪内逍遙の記念碑が立って居る。そばの太田小学校がもと尾張藩の代官所があった所で、坪内逍遙はこの役人の子として生まれ、11才までここで育った。この尾張藩の代官所の支配は鵜沼から落合までの各宿に及び、その先木曾に入って福島代官所の支配下になる。
 その小学校の裏の道が旧道である。道は鈎形に左折、右折をする。2度目を曲がると旧太田宿の通りで昔の建物は殆どないが、右手に元脇本陣があり重要文化財になって居る。その先右手に祐泉寺があり、入り口に多数の庚申塚が並んでいる。その境内を進むと木曾川べりに出る。このあたりが日本ラインと呼ばれる区間で、その名付け親である志賀重昂の墓があり、そばに芭蕉の句碑が立って居る。
 旧道はこの先加茂市役所のへんまであるが、昔は祐泉寺の上あたりから渡船があり対岸の渡に着いたもので、木曾川の急流で流されかなり下流に着いたという。今の木曾川はダムが各所にでき流れも緩やかなので、昔急流を懸命に越した渡船の状況を想像することはできない。
 国道の太田橋を渡ると今渡である。現在日本ラインの観光船の発着場になって居る。この先は旧中山道がだいたい残っている。あまり道路拡張整備がされて居ないので昔の面影を探ることができる。但し車の往来は頻繁なので歩行は薦められない。
 この区間今渡から伏見まで約5km、歩くのを省く場合は、名鉄広見線で日本ライン今渡駅から明知駅まで行き、下車し北へ約10分ほど歩くと国道に出る。ここがもと伏見宿だが、今は殆どその面影はない。三吉屋というもと旅籠ともう一軒古い家があるだけ。公民館に本陣跡の表示と、尾州藩領界石が立って居る。高倉から一部旧道がある。松並木の表示があるが、数本の松があるだけ。このあたりに一里塚があったがその跡もない。ここから旧道がなくなり可児川に沿った国道を行くことになる。顔戸で右折して寄り道し、名鉄顔戸駅の近くにある在原行平塚へ寄る。その由緒は不明。行平は有名な在原業平の兄で、中納言、平安初期の歌人であるが、何故ここに彼の塚があるのかわからない。さきの顔戸に戻り国道を行く。途中一部旧道がある。間もなく御嵩である。御嵩の町に入る手前左手に「鬼首塚」がある。昔この地方で勢力のあった関太郎の首を埋めた所と伝えられて居る。関太郎ゆかりの所はこの地域一帯に多い。いつの時代か知らないが、中央政府に対抗した人物が居てその伝説が伝えられてきたものと思われる。歴史上あるいは物語で「鬼」とされているものは、大体において中央政府に対する反逆者、反体制者、さもなくば被征服者である。
 ここから少し行くと、旧道は右折して御嵩の町並に入って行く。左折、右折して行くと、蟹薬師で有名な願興寺が左手にあり、その突き当たりを左折して行く。この突き当たりの右手に名鉄御嵩駅がある。

 

☆行程・交通 
(A)名鉄茶所駅→細畑→長森蔵前(手力雄神社)→新加納→JR那加駅または名鉄新那加駅 約7km,2時間
(B)名鉄苧ケ瀬駅→羽場→元鵜沼宿→うとふ峠一里塚→JR鵜沼または名鉄新鵜沼駅  約9km、2時間半
(C)JR美濃太田駅→深田(太田小学校)→祐泉寺→加茂市役所→太田橋→太田駅  約7.5km  2時間
(D)太田橋→今渡→伏見  約5km
(E)名鉄明智駅→伏見→顔戸→行平塚→顔戸→名鉄御嵩駅  約6km、2時間

☆地図
  
国土地理院 2万5千分の1 岐阜、犬山、美濃加茂、御嵩      
昭文社 都市地図 岐阜市

 

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